百年後の夕べ - 音、声、そして匂い -

Evening Centennial Futurism – Sound, Voice and Smell –

 ボブ・ホールマンが来日する。すごいことが起きる、知らせを受けて、そうおもった。
 ボブ・ホールマンはアメリカ、ニューヨークの詩人。これまで22冊の詩集をだしていて、世界中で1000回以上パフォーマンスをしてきた。彼はニューヨークでのスラムポエトリーの震源地、Nuyorican Poets Cafeのディレクターをつとめ、彼自身、有名なスラムマスターだ。90年代にポエトリーリーディングが、スラムという新たな口語詩のジャンルとして出発する現場に立ち会い、重要な役割を果たした。
 そんな彼にぼくは今年6月に会った。南コーカサスの国ジョージアで。首都トビリシでひらかれた詩祭にぼくは招待されていった。そこにアメリカからの詩祭参加者としてボブさんがいた。
 ボブさんは声の詩人。そのパフォーマンスは楽しく、ひとときでひとを惹きつける。ユーモアに溢れていて、詩がつま先から髪の毛の先まで全身に染みこんでいる、そんな感じ。ただ、ボブさんが他の詩人のプログラムを見つめるときは、ノートをひらいて、ひっきりなしにペンを動かしていた。そう、ボブさんは書く詩人でもある。
 そんなボブさんの後ろの席でぼくもプログラムをみていた。ボブさんが着ている黒のTシャツのバックプリントに目がいった。Siberia Tour とある。シベリアツアーね。ロックバンドのツアーTかな。なになに、なんとかストック、1919。幾つもの地名と西暦、どういうこと。極寒のシベリアでツアーなんて、しかもロシア革命の混乱期に。架空のバンドTだろうか。
 あとあと正面からTシャツを見ると、そこには、ロシア未来派(フューチャーリスト)ツアーとあった。ボブさんに聞いた。そんな時期にロシア未来派はそんな辺鄙なところをツアーしたの。そうなんだ、ケイ、知ってるかい。未来派ツアーをリードしたダヴィド・ブルリュークを。彼は、ウクライナ出身の詩人で画家で、ロシア未来派の父と呼ばれている。ブルリュークは革命の混沌に追い立てられながら、マヤコフスキーなんかを連れて未来派ツアーをしたんだ、モスクワのほうから広大なシベリアを横切ってね。そしてどこへ行ったかわかるかい。それは日本、海を渡って日本で未来派やダダを伝えたんだよ。画家として伊豆大島に住んで、最後は、ニューヨークに落ち着いたんだ。
 未来派やダダイズムという芸術運動は、ほとんど同時代的に日本でもおこった。でもどうしてそんなことが可能だったのか、それまでぼくは疑問におもっていた。インターネットはもちろん、民間の飛行機さえない時代なのに。なるほど、そういうわけか。たった六日間のジョージアの滞在だったけど、ぼくはボブさんにたくさん教わった。
 ボブさんがこの秋、日本にくる。彼の敬愛する詩人、芭蕉の『奥の細道』の足跡をたどる。そしてブルリュークの住んだ伊豆大島にもいく。ボブさんに再会できるのがうれしい。ただそのときふとおもった、自分だけにとどめておくのはもったいない。日本にいるみなさんにもボブさんを伝えたらどうか。それで今回のイベントを考えはじめた。
 夜はポエトリーリーディングのライブ。もちろん、それは絶対。ボブさんはライブの人だから。それに加えて特別ななにかができないか。アーティストたちの活動をサポートするコ本やと、詩の出版社の思潮社に相談した。東京藝術大学のRAM Associationにバックアップしてもらえることになった。そしてメディアディレクターの和田信太郎さんと、こんなことを考えた。ボブさんにこの東京という時空間から詩を発見してもらうのはどうか。
 ロシア未来派の父であるブルリューク、ロシア未来派のツアーは、顔にペインティングを施し、市民を挑発して回り、パフォーマンスアートの起源となった。そして芭蕉、言葉の孤独のなかで宇宙全体を捕まえた『奥の細道』。どちらも新しい詩を発明した。そしてスラムポエトリーの父といってもいいボブさん。この三つの交わるツアーとライブを一日かけて東京で行う。例えば、東京での芭蕉の足跡をスタートとして。
 昼のツアーでは、その場にある物や人から刺激を受けて詩と音楽、アートを生みだす。そして夜のライブでは、観客のみなさんの前で、そのツアーで何がおこったか発表する。そしてみんなで朗読をする。詩を文字の上だけにとどめないイベント、未来派のように。
 旅人だけが見えるものがある。東京に慣れ親しんだわたしたちはスムーズにこの都市を行き来できる。でも暮らしが落ち着き日常化するとき、そこにあったはずの裸の風景はすでに見えない。目や耳、そんな五感は必要な情報だけを受け取り、ひろがる微細な変化や、土地がかもしだすノイズを遮断しているのだ。詩という言葉の力で、背景に退いてしまった東京の色や音、空気、土地の記憶をとりもどす。詩という太古からある概念の力で、裸の風景にふれなおす。詩人とアーティストというこの世に慣れぬ旅人たち、そんな人々が見慣れた東京を非日常へと導いていく。
 昼のツアーは詩人としてボブ・ホールマン、ジョーダン・スミス、岡本啓。アーティストとして小宮知久、Pablo Haiku、幸洋子。そして夜の朗読の部では、ゲストに向坂くじら、司会にカニエ・ナハを加えてさらに強力な布陣となる。そう、その日はボブさんと日本にすむ詩人やアーティストとのすこし贅沢なコラボレーションになるはずだ。なにが巻き起こるだろう。なにかをつくる。細道をふみわける芭蕉の視線と、極東日本へたどり着いたブルリュークの視線にヒントをもらって。まだいまは生まれていないなにかを、東京で、10月14日土曜日に。―――岡本啓

Session 1  Poetry Walking(非公開)

ボブ・ホールマン[詩人, ポエトリーアクティビスト]
岡本 啓[詩人]
小宮知久[作曲家, アーティスト]
ジョーダン・A.・Y.・スミス[翻訳家, 詩人, 比較文学研究者, プロデューサー]
Pablo Haiku[バンド, メンバー=森 飛友/足立 新/永田風薫]
幸 洋子[映像作家]

Session 2  Poetry Reading(公開イベント)

ボブ・ホールマン[詩人, ポエトリーアクティビスト]
岡本 啓[詩人]
小宮知久[作曲家, アーティスト]
ジョーダン・A.・Y.・スミス[翻訳家, 詩人, 比較文学研究者, プロデューサー]
Pablo Haiku[バンド, メンバー=森 飛友/足立 新/永田風薫]
幸 洋子[映像作家]

ゲスト=向坂くじら[詩人]
司会=カニエ・ナハ[詩人, RAMフェロー]


公開イベント開催概要

日時|2023年10月14日[土]
[Session 2 / Poetry Reading]17:30-20:00(延長あり)
※Session 1 Poetry Walkingは非公開となります。
会場|UNPLAN Kagurazaka(〒162-0808 東京都新宿区天神町23-1)
https://unplan.jp/kagurazaka/access
WEB|http://geidai-ram.jp/ram2018wp/poetrycamp2023/

ゲスト|
ボブ・ホールマン[詩人, ポエトリーアクティビスト]
岡本 啓[詩人]
小宮知久[作曲家, アーティスト]
ジョーダン・A.・Y.・スミス[翻訳家, 詩人, 比較文学研究者, プロデューサー]
Pablo Haiku[森 飛友/足立 新/永田風薫, 音楽バンド]
幸 洋子[映像作家]

ゲスト=向坂くじら[詩人]
司会=カニエ・ナハ[詩人, RAMフェロー]

参加費|無料
定員|15名
予約フォーム|https://forms.gle/nxihRGGT1zjUjm1s8

主催|東京藝術大学大学院映像研究科 RAM Association
共同企画|岡本啓
協力|思潮社、コ本や honkbooks
お問合せ|RAM Association事務局[geidairam@gmail.com


プロフィール

ボブ・ホールマン Bob Holman
1948年生まれ。ニューヨークのBowery Poetry Club創設者。これまで22冊の詩集を上梓し、マディソン・スクエア・ガーデンやロック・スタジアムから教会の地下室やエチオピアの蜂蜜酒バーまで、世界中で1,000回を超える公演を行っている。Nuyorican Poets Cafeの初代スラム・マスター、ディレクター、そして世界初のポエトリーレコードレーベルの創設者として、スポークンワードムーブメントの中心的役割を果たしてきた。また、国際公共テレビ賞を受賞したPBSのシリーズ『United States of Poetry』をはじめ、多くの映画のプロデューサー/監督/司会を務める。言語の喪失と再生についての映画『Language Matters with Bob Holman』は、バークレー映画祭の年間ドキュメンタリー賞を受賞した。

岡本啓 Okamoto Kei
1983年生まれ。20代後半になって詩にふれ、詩を書きはじめる。アメリカ、ワシントンDC滞在中に『現代詩手帖』へ投稿した詩で、2014年の現代詩手帖賞を受賞。帰国後、投稿詩をまとめた第1詩集『グラフィティ』を刊行し、第20回中原中也賞と第65回H氏賞をダブル受賞。2017年、東南アジアや国内の旅から生まれた第2詩集『絶景ノート』で第25回萩原朔太郎賞を受賞。2020年、活動の拠点があった京都、奈良での暮らしを下地に、石室をテーマとした第3詩集『ざわめきのなかわらいころげよ』を上梓。現在、東京在住。

ジョーダン・A. Y.・スミス Jordan A. Y. Smith
翻訳家、詩人、比較文学・文芸翻訳を教える准教授。2018年BBC Radio 4の詩作冒険番組に出演(2019年共著詩集『樹海詩集:森の入口』として、著作化をプロデュース)。他に米アイオワ大学で発表した共著チャップブック詩集『√IC: Redux』(共著者:カニエ・ナハ、永方佑樹)も。また、「Tokyo Poetry Journal」編集長として、日本のポエトリー世界の「今」を紹介する特集等を担当した他、翻訳者として吉増剛造、最果タヒ、古川日出男、三木悠莉、三角みづ紀、文月悠光などの英訳も行う。ポエトリー・スラム・ジャパン2017年準優勝、2018年全国大会ファイナリスト。UCLA、高麗大学、上智大学、早稲田大学などで教鞭を執った経験を持つ。

小宮知久 Komiya Chiku
1993年生まれ。作曲家、アーティスト。音楽のさまざまな規範(楽譜、作曲行為、聴取の方法など)を問い直すべく、現代のメディア環境と身体性を考察して新たな音楽を探究している。
近年では自身のメディアパフォーマンス作品《VOX-AUTOPOIESIS》シリーズをインスタレーションとして展示した個展「SEIRÊNES」を開催するなど、楽譜ベースの音楽作品から電子音響作品、メディアパフォーマンス、インスタレーションなど領域横断的に制作している。
第24回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞、第87回日本音楽コンクール作曲部門(オーケストラ作品)第2位。
東京藝術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。

幸 洋子 Yuki Yoko
1987年、愛知県名古屋市生まれ、東京都在住。幼少期から絵を描くことやビデオカメラで遊ぶことが好きだったため、アニメーションに楽しさを見出し、日々感じたことをもとに、様々な画材や素材で作品を制作している。主な作品に、幼少期の曖昧で不思議な記憶をもとに制作した「黄色い気球とばんの先生」、横浜で出会ったおじさんとの一日を描いた「ズドラーストヴィチェ!」、現代美術家鴻池朋子原作の詩「風の語った昔話」をもとに制作した「夜になった雪のはなし」、ミュージシャン清水煩悩と共同制作したミュージックビデオ「シャラボンボン」、自身の絵日記からインスピレーションを受け制作した最新作「ミニミニポッケの大きな庭で」は第75回ロカルノ映画祭にてプレミア上映後、第40回サンダンス映画祭祭など国内外の映画祭にて公式セレクション。

Pablo Haiku
森飛友(Vo)、永田風薫(Gt)、足立新(Ba)で構成される3人組バンド。様々なカルチャーを通過した彼ら独自䛾ポップセンスとキャッチーなメロディーが特徴。過去の音楽ジャンルに対し、現代的なプロダクションを施すことで新たな可能性を生み出し続ける。2021年東京藝術大学でバンドを結成し、同年、デジタルディストリビューションサービスFRIENDSHIP.のオーディションに通過。また、日本のバンドとして唯一AWALとデジタルディストリビューション契約を結んでいる。現在は都内のライブハウスを中心に活動中。

向坂くじら Sakisaka Kujira
詩人。国語教室ことぱ舎(埼玉県桶川市)代表。Gt.クマガイユウヤとのユニット「Anti-Trench」にて詩と朗読を担当、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」などに出演。2022年7月、第一詩集「とても小さな理解のための」刊行。1994年名古屋生まれ。

カニエ・ナハ Kanie Naha
2008年より「現代詩手帖」「ユリイカ」へ投稿を始め、10年「ユリイカの新人」、15年「エルスール財団新人賞〈現代詩部門〉」、16年詩集『用意された食卓』で第21回中原中也賞に選ばれる。朗読パフォーマンス、アーティストとのコラボレーション、同時代の詩人たちの手製詩集を制作するプロジェクト等、詩を軸に様々な活動を行っている。